釣りに付き物の「根がかり」

釣りでは、仕掛けやルアーなどのリグが引っかかる可能性のある水中の障害物を「根」と呼び、そこにハリなどが引っかかってどうやっても外せない事態がよく起こります。そう、根掛かりです。例えば前日に買ったばかりの高価なルアーがいきなり根掛かりでもしたら、釣り人の落ち込み方は半端ありません。たとえ高価ではなくとも、根掛かりに遭遇すれば誰でもため息くらい出るものです。

 

根掛かりで失った仕掛けが魚にダメージを与える

不運にも根掛かりしてしまったら、仕掛けやルアーを救出するために、釣り人はやっきになって根掛かりを外そうとします。

根掛かりした場所が手を伸ばして届くなら、かなり幸運です。大抵は、そう都合良く水深の浅い場所に根掛かりしてはくれません。

そんなときはピンと糸を張ったり、張った糸を急に緩めたり、立ち位置を変えたり、じわじわラインを引き続けたりして、根掛かりを外すためにあらゆる手段を講じます。

できれば水に飛び込ん取りに行きたいくらいですが、半袖短パンのトロピカルフィッシングならいざ知らず、冷たい北の海や湖にダイビングする人などそういません。

そうすると結果的にハリや仕掛けが水中に残りますが、こういった水中に残された仕掛けやリグが、海洋生物にダメージを与えていることをご存知でしょうか。

 

水生生物を捕らえ続ける「ゴーストフィッシング」

水中に残された仕掛けなどは、もともと魚を釣るためのもの。たとえばルアーのミノーは、ターゲットとなる魚が捕食する小魚に似せて作られています。ジグミノーやジグも同様です。

投げ釣りでいえば、海の食物連鎖の下層にいるイソメなどが付いたまま海中に放置されることになります。それを見つけた魚たちは当然ながらこういったルアーや仕掛けに食いつき、運が悪ければハリに掛かって動けなくなり、そにうち死んでしまうでしょう。

こんな風に水中に放置された仕掛けは水中で無益に魚を捕獲し続けるのです。

 

ナイロンは分解するのに600年!?

こういった、水中に放置された持ち主のいない漁具が、魚介類や海洋生物を捕獲し続けることを「ゴーストフィッシング(幽霊漁業)」と呼び、世界的な問題になっています。特に漁具によるゴーストフィッシングの被害は深刻で、ある国際機関のレポートによれば、世界中で年間に流出する漁具は64万トンと推定されています。

「太平洋ごみベルト」と呼ばれる帯状のエリアには7万9000トンの海洋ごみが集積していると考えられていますが、そのうち46%以上を漁具が占めているとの報告もあります。ただ調査されていない海域も多く、実際にはこれ以上のゴーストフィッシングが世界各地で起きていると思われます。

「ハリや仕掛けはいずれ分解するからそれほど問題ではないだろう」などと高をくくるのは浅はかです。ある研究機関によれば、海中に放置されたナイロン糸が分解するには、なんと600年もかかるのだとか。ハリなどの金属は、それに比べればもっと早く分解すると思われますが、何年、何十年単位で海中に存在し続けるのは間違いありません。

米国では、回収された漁網の中から3万2000もの生物の死骸が見つかり、中には海鳥や海生哺乳類も含まれていたと言います。釣り具よりもはるかに丈夫な漁網の場合は、何十年、何百年にわたって海洋生物を捕獲し続けるケースもあるようです。

 

残していいのは「思い出」だけ

陸上に放棄された仕掛けやルアーなどを含めた漁具も同様に、陸上生物に深刻なダメージを与えます。米国のある野生生物リハビリテーション施設によれば、治療した野生生物のうち10%が漁具に関連した負傷だったそうです。

日本国内でもこういった野生生物の被害が各地で報告されています。特に海辺の野鳥が被害に遭いやすいようです。よく海へ釣りに出かける人なら、きっと一度や二度、片足のない海鳥を見かけたことがあるはずです。

断定はできませんが、おそらく釣り場に放置された仕掛けなどのナイロン糸が足に絡まり、そのうちきつく締まって血流が滞った結果、先が腐って取れてしまったものと思われます。オモリ付きの仕掛けをぶら下げたまま飛んでいる姿を見たのも一度や二度じゃありません。

あなたが残した仕掛けでゴーストフィッシングや海鳥への被害が起こらないようにするためには、手段は限られますが、ルアーフィッシングならルアー回収機を常に持ち歩いたり、投げ釣りであれば仕掛けに捨て糸対策を施すなど方策はいくつか考えられます。そして、釣り場に残していいのは思い出だけ——。すべての釣り人が肝に銘じてほしいものです。