釣り人を取材する、という仕事に就いてもう何年にもなるが、道内の港の9割は制覇していると思う。そんな日常なので、地方での取材は宿を利用することがしばしば。そこで今回は、そんな宿で遭遇した「食」に関する困った体験談を二つほど紹介しようと思う。

 とある宿でのこと。ここでは地元で獲れる特産のエビが夕食の膳に並んだのだが、そのエビが一瞬動いたような気がして小鉢を注視する私。すると、膳を運んできた仲居さんがうなるような勢いでこちらに顔を向け「これは前浜で獲れたイキのいい○○○○○○エビなんですよ。どうぞお召し上がりください」と淀みない一言。いわゆる“踊り食い”というやつ。うーん困った、おいしいんだろうけど“踊り食い”は苦手なのだ。

私が眉根を寄せていると、え! まさか! 踊り食いできないのかしらこの人!! といった冷ややかな視線を浴びせた途端、着物の袖をまくってまだ生きているエビの皮や足をムキムキする仲居のおばさん。いや、そんなに手際よくムキムキされても…。結局エビには手を付けられないまま食事を終え、そそくさと部屋に戻ったのだが、“踊り食い”が苦手な人って案外多いのでは? 予約のとき、唐突でもいいから「踊り食い、できますか?」って聞いてもらいたいのはおそらく私一人じゃないはずだ。

これもも夕食での出来事。ここでも地元の特産が出たのだが、これがなんとカニだった。カニ料理を1、2品程度出す宿は多いが、ここではカニの塩ゆで、カニの甲羅揚げ、カニの酢の物などカニ、カニ、カニのカニづくし。何を隠そう実は以前、私はカニに当たったことがあるのだ。それ以来、私の心にはカニのハサミがざっくり刺さったまま…

うーん、これも困った。しょうがないから味噌汁と奈良漬けと白菜のおひたしをおかずに、ご飯をおかわり。もちろん足りないから、部屋に戻って朝食用に買っておいたロールパンの袋をせつない気持ちでピリピリ破る。ここでもやはり予約のとき、唐突でもいいから「カニ、食えますか?」って聞いてもらいたかったのは、きっと私一人じゃないと思うんだけどなあ。
(平田 克仁)