神様は本当にいるんだろうか。太田神社の定灯籠(じょうとうろう)が闇を照らすこの光景は何百年も前から変わらず続き、それを見つめる人は、年老いていつか死と向かい合う。己が生きた証しなど初めから存在しないもののように思え“もし神様がいるのなら”と暗くなり始めた海と向き合った僕には、道道(=北海道道)に続くオレンジ色の街灯が悲しみのかたまりに見えた。
「むきエビってこれだか」スーパーの鮮魚売り場にいた僕は、腰が曲がったちっちゃなばあちゃんに声を掛けられた。ホッケ釣りに行く途中で見つけた田舎のスーパー。エサを忘れたことに気づいた僕は、ちょうどむきエビの物色中だった。
偶然はいつも突然で僕を困惑させる。「じいさんが新聞を読んだら、ホッケにはむきエビがいいんだとさ」って、それは僕が書いた記事か?
400g480円。「小さいパックにしたら」という僕に、ばあちゃんは「隣の家の分も釣ってもらうからさ、息子夫婦がぬか漬け好きだし」と入れ歯を見せた。親子のような二人がレジに並び、腰の曲がったばあちゃんは20年も使っていそうなボロボロのがま口から500円玉を取り出し、僕は無造作に手を突っ込んだジャージのポケットから500円玉を取り出した。
280円の釣り新聞と480円のむきエビ。釣れなかったら寂しいだろうな。釣れなかったら悲しいだろうな…。
昼すぎ、僕は太田山中腹の岩穴にある太田神社本殿に向かった。信じられないほど急な階段と急坂の続く山道を登る。3年前に参拝したときには1時間半近くかかったが、今日は時間がないから駆け登る。足が痛い。噴き出した汗が目に入って涙のように流れ落ちる。心臓が“ここにある”と自己主張を始め息が苦しくなったが、神様にお願いするしか僕にはじいさんにホッケを釣らせるすべがない。760円が重い…。
僕は、円空が仏像を彫りながら世の平安を願った岩穴の、神の社で「じいさんにホッケが釣れますように」と不謹慎にも殺生をお願いした。収まりかけた風が少し強まり、太田山が確かに何ごとかうめいたように感じた。
(菊地 保喜)