北海道って釣れないですよね―。
とある川岸でシングルハンドのフライロッドを振る道外アングラーYさんの唐突な言葉に、私は意表を衝かれた。「何のあてもなくフラリと訪れて釣れるほど北海道は甘くないですよ」「そ、そうなんですか!?」思わずひるむ私。「だって北海道の川は我々から見ればルールのない無法地帯。漁協が管理して定期的に魚の放流されている道外の川のほうがよっぽど魚影が濃いですよ」。いやびっくり、よもやこの北海道が「釣れない北の大地」だったとは…。
Yさんは何年にもわたって北海道を訪れており、釣りに関しては酸いも甘いも知る人物。そんな彼が道内の川を無法地帯と呼ぶのだから、きっとその通りなのだろう。その無法地帯の象徴が、彼に言わせればヤマベの新仔(=稚魚)釣り。「こんな釣りは道外じゃ考えられない。稚魚をそんなに釣ってどうするのか?」って、全部食べるらしいんです、これが。偏食を心配してしまうほど大量なんですが…。
釣れれば釣れただけ持って帰るのは、道民アングラーの悲しい昔気質と言えなくもない。しかし「釣ったら食べる」は道内だけじゃなく昔からの日本の慣習として今も息づいている。日本の釣りは「食べる」ことから始まったのだ。これを完全に否定してしまうことは、すべてではないにしろ日本の釣り文化を否定することにならないか、と悩む私。しかし、河川環境が以前に比べ大幅に悪化したのを差し引いても、何のあてもなく訪れた川で面白いように釣れたなんて経験が近ごろ皆無に等しいのは…。
現在の釣りシーンにおいて釣れるだけ釣り上げてしまうのは、特に資源量の著しい減少が危惧される淡水域では悪者扱いされても文句は言えない情勢だと思う。かといって昔からの日本の釣り文化を否定する気は毛頭ない。釣りを食べることで完結させるのは決して悪いことじゃないのである。だからは私はこう思うのだ。その日食べる分だけ、明日の分は明日釣ろう。
(平田 克仁)