自宅から歩いて3分とかからない気軽さから、たびたび妻とのれんをくぐる居酒屋がある。先日、そこの月替わりメニューに「オオスケの刺身」という料理があった。「刺身だからきっと魚に違いないが、一体なんの魚だろう。語尾が似ているマスノスケ(キングサーモン)かな」と思っていたら、やはりそうだった。そして、東北地方に残された民話にはサケ(シロサケ)の大親分が「おおすけ(大助)」の名で登場する。

 昔、小国郷(現山形県最上町)にいた川漁師の八右衛門という男が大鷲にさらわれ、佐渡ケ島に取り残された。「さて、どうやって帰ろうか」。困った八右衛門に魚がこういう。「俺たちの親方、サケのおおすけが最上川へのぼるから、その時に乗せてもらえばいい」。そこで八右衛門はおおすけにお願いした。すると「お前が八右衛門か。いつも俺たち魚を簗(やな)にかけてとる憎いやつ」と怒る。困った八右衛門はこれから以後、サケは一切とらないと約束し、なんとかその背に乗せてもらう。おおすけに乗り川をさかのぼった八右衛門は「サケのおおすけ、今のぼる!」と大声を上げ故郷へ帰って来たそうだ。それ以降、決まった日になると村人はサケ漁をやめた。すると毎年豊漁になったという。

 ところで以前、ちょっと古いが新聞にこんなニュースが載った。自然生かした川づくり、9割が不自然―。平成2年(1990年)に始まった国土交通省が進める「多自然型川づくり」事業で、その9割が「無理やり蛇行させたら水があふれた」「魚の産卵床を作ったが砂で埋まった」「産卵に適さない大きな石を敷いてしまった」「自然豊かな土の堤防をコンクリートで不必要に固めた」など、お粗末な実態が出るわ出るわ。不適切な工事に使われた税金はなんと約6300億円。にもかかわらず、誰かが何らかの責任を取ったという話は一向に聞こえてこない——。

巨額の税金を注ぎ込んだこの無残な川に、もしもおおすけがのぼってきたなら「人間のうそつきめ。やっぱり俺たちを殺す気か。豊かな川を返せ!」とののしる声が聞こえてきそうだ。
(平田 克仁)