生傷男、銀髪鬼、人間山脈、アラビアの怪人、黒い呪術師…これらの形容詞を並べただけでピンと来るあなたは、おそらく古いプロレスファンだろう。そう、これらはプロレスラーに付けられたニックネームである。生傷男ディック・ザ・ブルーザー、銀髪鬼フレッド・ブラッシー、人間山脈アンドレ・ザ・ジャイアント、アラビアの怪人ザ・シーク、黒い呪術師アブドーラ・ザ・ブッチャー。さらに、これらのレスラーたちには共通点がある。彼らは皆、ヒール(悪玉)と呼ばれるレスラーなのだ。
プロレスにはベビーフェイス(善玉)とヒールという役割分担があり、水戸黄門的な勧善懲悪のファイトが展開される。ショーマンシップを重んじるアメリカンプロレスは特にこの傾向が強い。かつては日本でも「力道山、木村政彦vsシャープ兄弟」なんていう試合がウケたが、現在はよりリアルなファイトが人気だ。
さて、ヒールと呼ばれるレスラーたちの役どころは、卑劣な手段や残虐な手口で善玉レスラーを痛めつけ、ワザと観客の怒りを買うところにある。そして息を吹き返した相手が一転して攻勢に出ると、会場のボルテージは最高潮。イライラの募った観客の溜飲を下げ、ヒール自身が負けることで彼らを満足させるのだ。しかし、悪役なのはあくまでリング上での話。リングを下りたヒールたちは優しくかつ紳士的、と本で読んだことがある。愛すべきヒールレスラーたちはまさにプロフェッショナルなのだ。
ところで、そろそろまた道内釣りシーンを席巻するサケがやって来る。そしてまた、ロープを張って海岸や港の一部を占拠する無残な光景も各地で展開されることだろう。そんな彼らは釣り場というリングの上の悪玉、つまり“ヒールフィッシャーマン”といえる。純粋に釣りを楽しむアングラー(釣り師)ではなく、趣味としての釣りを逸脱したフィッシャーマン(漁師)だ。プロレスにルールはあってないようなものだけれど、それでも暗黙のうちに超えてはならない一線がある。相手の額をかち割ろうが、二の腕にフォークを突き立てようが、ヒールレスラーたちはこの一線を超えることは決してない。
ヒールフィッシャーマンたちよ、釣りにも超えてはならない一線があることをご存知か。今年こそ四角いリングの上の彼らのように、“愛すべきヒールアングラー”としてサケとのファイトを楽しんでみようじゃないか。
(平田 克仁)