つりしんに掲載される釣行写真は、記録的な要素が強い。芸術性がプラスされれば文句なしだが、センスのかけらもない僕にそれは無理というもの。偉そうにぶら下げた一眼レフデジタルカメラは、常に使い捨てカメラのようにシャッターを押すだけのオートにセットしてある。取材は単独がほとんどなので、釣り人が自分のときはオートシャッターを使う。いいオヤジが、誰もいない海で三脚のカメラにニッコリ笑うのはかなり気色悪いが、ほかに方法がない。
道南のとある漁港。いつも通り三脚にカメラをセットする。近くにいた地元の漁師に撮影を頼み込むが「撮ったことねぇ」と、あっさりかわされた。しかし、今回は広告のための取材で写真には僕が写っていなければまずい。あきらめて漁師の見つめる前で、オートシャッターで1枚目の写真を撮った。恥ずかしい…。
そこへ漁港の隅で網を直していた漁師が2人加わった。見かけない光景に興味を持ったらしいが、撮影をお願いすると「わがんねぇ」とまた断わられた。カメラの前で一人芝居をする僕を見つめる顔が3つに増え、さっさと済ませたいのにこんなときに限ってピントが合わない。何度もやり直す僕を見かねた漁師がケータイを取り出し、「写真撮れるか」と話しながら電話をかけた。たくましく焼けた海の男はみな優しい…。
間もなく軽トラに乗った二人の漁師が勢いよく漁港に乗り込んできた。僕はうれしさとありがたさで舞い上がり「釣り新聞の菊地です」と告げた。このあいさつがいけなかった。ただの記念写真と思って駆け付けた漁師は新聞と聞いてひるみ、大げさな一眼レフにおじけづいた。2人で「お前だ」「駄目だ」を繰り返す。かくして僕は5人の海の男が見つめる中で写真を撮るという、切ない状況に追い込まれた。
シャッターを押す。急いでカメラの前でポーズを取る。10個の瞳が息を飲んで見守る。地獄のような10秒が過ぎると、「今の笑い顔はうまぐねぇ。もう1枚だべや」と、閻魔(えんま)様のような声が漁港に響いた。
お願いだから僕を一人にして。一人になりたい…。
(菊地 保喜)