北海道は種類、資源量共に断トツの国内トップに君臨する「カレイ王国」である。今回はそんなカレイについてさまざまな角度から生態をひも解き、知られざるなぞに迫ってみたい。
(本紙編集部)

カレイ類は変異種が多い?
釣りの現場で、釣れた魚を巡ってしばしば話題になるのは、魚の正体や種類に関することである。「この魚は何だろうか?」「○○に似ているが▲▲にも似ているような気がする」などのやりとりが釣り人の間で交わされることがある。ビギナーの会話ではない。釣り歴20年以上のベテラン同士の会話である。そしてその大半がカレイ類に関するものだ。
よく話題になるのはクロガシラ(標準和名クロガシラガレイ)とマコガレイである。両者は姿形がそっくりで、ぱっと見では区別がつかない。本紙では便宜上、どちらもクロガシラと呼ぶクロガシラとクロガレイも、釣り慣れていないと判別は難しい。
また雑種と思われるカレイ類もしばしば目撃される。カワガレイ(標準和名ヌマガレイ)とイシモチ(標準和名イシガレイ)の雑種であるオショロガレイは、知る人ぞ知るカレイだが、有眼側はマガレイ、無眼側がソウハチに見えるカレイや、有眼側はマガレイ、無眼側がイシモチと思われるカレイなども釣り上げられている。中には深海にすむアカガレイに似た、無眼側が赤身を帯びているアサバガレイのような正体不明のカレイも目撃されている。
なぜ変異種と思われるカレイの目撃情報が多いのか。それを解き明かすために、まずは北海道にすむカレイの生態から見ていこう


回遊魚と根魚のカレイ
❶回遊性のカレイ
マガレイ、スナガレイ、ソウハチ、カワガレイ、イシモチ、マツカワ、ババガレイ、アカガレイ他

❷根に着くカレイ
マコガレイ、クロガシラ、アサバガレイ他

①回遊性のカレイの特徴

回遊性のカレイの特徴は、何といっても季節によって深浅移動や海域移動を行う点にある。移動距離はカレイの種類によってまちまちだが、例えばマガレイは時に年数百kmの距離を移動することで知られる。マツカワやババガレイなども産卵のために数百kmを移動する。とにかく遊泳力があり、われわれが想像するよりもはるかに長い距離を人知れず移動している。
眼がいいのも特長である。赤や黄、青などの色の識別が可能な他、視力も良く、だいたい10~20mの距離にあるエサを視認できる。遊泳中にエサを食べるものも多く、その代表がマツカワである。マガレイもエサを見つけると20mも先から突進して飛び上がってかぶりつく。
カレイ類は一般に、丸物のホッケやソイ類などに比べ、鈍重で泳ぎが下手というイメージが強いが、この集団(以下、回遊性のカレイまたは根に着くカレイをひとまとめにする場合は単に「集団」と呼ぶ)に限って言えば、動きがすばしこく、決して鈍重ではない。いずれも北方系の寒海魚で、北海道以外の地域ではほとんど釣れない。まさに北海道の固有種と言ってもいいカレイ集団である。
②根に着くカレイの特徴

この集団は、水深が5~15mほどの範囲にある根原を生活域にしている。その範囲にはアブラコ(標準和名アイナメ)やクロゾイ、ガヤ(標準和名エゾメバル)、ハチガラ(標準和名ムラソイ)などの根魚がすみ着いており、これらの魚たちと競合しながら生活している。
それ故この集団はこれらの魚たちに負けず劣らず、俊敏でどう猛というイメージがあるが、実態はその逆で、泳ぎは苦手、一日中じっとしていることが多く、ほとんど動かない。口が小さいため、少ないエサで暮らせる。ある意味、生命力が強く、多少の環境変化にも耐えられる体ということが言える。
この集団は、もともと北方系の寒海魚ではない。あるとき、北海道に渡ってきた「流れ者・はぐれ者」の末裔である。その祖先というのが「マコガレイ」だ。マコガレイは南の暖かい海で暮らす「根着きカレイ」であるが、あるとき、日本海を流れる対馬暖流に流されて、北海道にやって来た。その一部が突然変異して、クロガシラやクロガレイなどに変化したものと思われる。
南の海は北の海に比べてエサが少ないため、マコガレイはできるだけ動かないようにして代謝が悪い体を作り上げてきたわけだが、これがうまい具合に競合相手が多い道内の磯で生き延びる「武器」になったようである。
2つの集団の決定的な違い
この2つの集団は、もう1つ決定的とも言える「違い」がある。産む卵の種類が違うのである。回遊性のカレイは「分離浮性卵」、根に着くカレイは「付着沈性卵」と呼ばれる卵を産む。
分離浮性卵は、卵1粒1粒が分離、かつ比重が海水とほぼ同じなので海中に広く拡散して浮遊する。付着沈性卵は、卵1粒1粒に粘着力があるためひと塊となり、かつ卵の比重が海水より重いために海底に沈む。
卵の違いは、生態に著しい「違い」をもたらす。回遊性のカレイ集団は、産んだ卵が海中に広く拡散するため、産みっぱなしでいい。雄雌とも産卵後はエサ取りに専念できる。しかし根に着くカレイ集団はそうはいかない。
海底の海藻類や岩と岩の凹みに団子状にかたまっている卵をそのまま放置すると、他の魚に根こそぎ食べられてしまう。卵は細胞を作るために必要なタンパク質が過不足なく入っているため、完全食と言われるほど栄養価が高い。従って外敵に狙われる。
つまり種を維持するためには、卵を外敵から守らなくてはならない。その役目を負うのが雄である。しかも1匹ではなく、5匹程度で卵を守る。泳ぎが上手ではないため、数の多さで守るわけだ。
その期間は卵がふ化するまでの約1カ月間である。幸いこの集団は代謝が悪いため、エサを食べずに産卵場にとどまり続けたとしても、体力が底を突くほど消耗することはない。うまい具合に道内の磯に順応しているカレイ集団といえる。

カレイは特異な脊椎動物である
このように北海道には、全く生態が異なる2つの集団が生活しているわけだが、いずれの集団においても変異種と思われるカレイの目撃情報は多い。その理由について、まず考えられるのは、カレイ類の独特な体型が挙げられる。
カレイ以外の脊椎動物(体の中心に背骨がある動物)の外観は、陸上動物も含めてすべて左右対称である。目、鼻、口などの感覚器官、手足、生殖器などの位置は、背骨を中心に見事に左右対称となっている。脊椎動物が左右対称を選択したのは、進行方向に対してバランスが取りやすい体を求めたからである。
カレイ類の先祖も元々は左右対称だった。その名残は仔魚のときの形で確認できる。カレイ類の仔魚は、普通の魚と変わらない姿をしている。それが産まれてから数十日がたつと両目が片側に寄り始め、平べったい形へと変化していく。
なぜこのような特異な形に変化したのか。先祖の寝方が横向きだった、大波からの回避の方法として砂の中に潜ることを選んだため平たい体となった、などの説がある。
いずれにしてもカレイが非対称な体型であるということが、外観の変異を分かりやすいものにしているのは間違いない。

カレイは特異な皮膚をもつ
カレイ類は、非対称な体以外にも、他の魚と異なる特徴がある。それは「皮膚(ひふ)」である。
魚にはうろこがあり、それは種によって異なるが(全部で6種類のうろこがある)、何千種にも及ぶ魚類の中にあって、2種類のうろこを持っているのは唯一カレイ類だけである。
有眼側には櫛鱗(しつりん)=露出しているうろこの後方半分がトゲ状になっている=、無眼側には円鱗(えんりん)=全体的に丸みを帯びて滑らか=と呼ばれるうろこがある。無眼側はすべすべしていて一見うろこがないように見えるが、実はちゃんとうろこがある。
さらにカレイ類は、皮膚の表面から粘液を分泌する魚である(粘液は釣り上げた後の体のぬめりで体感できる)。一般に粘液を分泌するウナギやドジョウ、ナマズといった魚はうろこがない。うろこを捨てる代わりに粘液を分泌することで、体を保護する役目を担わせることに成功したからだ。つまりカレイ類というのは、2つの異なるうろこを持ちながら、うろこがない魚と同様、粘液を持っているハイブリッドな魚なのである。
この先、カレイ類は淡水に進出したウナギやナマズ、海を捨てて上陸した両生類(カエルやサンショウウオなど)のようにうろこを捨て、より多くの粘液を分泌するように変化していくのであろうか。あるいは海水だけでなく、淡水にも生活域を広げていくのであろうか。
これはあくまでも推論だが、北の海にすむ魚の中でカレイ類だけは、その変化の多様さからいまだ「進化の途上」にあるような気がする。変異しやすい魚、それがカレイ類の真の姿なのかもしれない。

終わりに
これからもカレイ類は変異種と思われる個体が上がり続けると思われる。そのようなカレイを釣り上げたら、大学や水産試験場などの研究機関に持ち込むのがいいだろう。ひょっとしたら新種の発見に寄与することになるかもしれない。