アブラコとホッケは同じアイナメ科の魚である。両者は共に人気魚種として不動の地位を確立しており、生態などは知り尽くされた感があるが、実はナゾの部分があり、そのナゾが多くの誤解を生んでいることもまた事実である。今回はそのナゾにスポットを当て、真相に迫ってみたい。
(本紙編集部)
はじめに
何がナゾなのか——。それは、50cmを超えるアブラコとホッケの大物の個体数の差である。まず本題に入る前に、これまで知られている両者の生態について、釣りに関連する部分をピックアップする。
アブラコの生態
標準和名は「アイナメ」。主に日本海や渡島東部、胆振、日高西部の海岸に多く生息している(日高東部から釧路、根室には同類のウサギアイナメが生息しているが今回は触れない)。
産卵期は海域によって異なるが、だいたい10~12月。卵は色彩が鮮やかで、黄、青緑、紫などさまざま。付着沈性卵(比重が海水より重く粘着性があるため、海中で拡散せず塊となった卵)で、主に岩の上や海藻の根元に産み付ける=写真参照=。
ふ化するまでおよそ1カ月間、雄が卵を外敵から守る。雌は放卵後、すぐに産卵場所を離れてエサ取りする。生まれたての仔魚(しぎょ)はしばらく浮遊生活を送るが、半年ほどで藻場に定着し根魚となる。1年で体長11~13cm、2年で17~21cm、3年で24~29cm、4年で30~38cmに成長する。
成魚(親魚)になるのは雄が1歳、雌は2歳。なお5歳前後で40cm、10歳前後では50cmになると推測される。(漁業生物図鑑「新・北のさかなたち」より抜粋。一部加筆)
ホッケの生態
アブラコと同じ「アイナメ科」に属する。ホッケの尻びれは「く」の字に湾曲しているが、アブラコはほぼ直線なので区別できる。
道内全域に広く生息しているが、釣りの対象となっているのは主に日本海。産卵期は海域によって異なるが、ほぼアブラコと同様の10~12月。卵の色はアブラコほど色とりどりではなく、緑がかった灰白色が多い=写真参照=。卵はアブラコと同様、付着沈性卵で、主に岩のくぼみに産み付ける。
孵化までの期間はアブラコより長くおよそ2カ月。その間、アブラコと同様に雄が卵を守り、雌は放卵後すぐに産卵場所を離れる。生まれたての仔魚はほどなく産卵場所を離れ、水深100m以深の根に移る。
春になると沿岸域に寄ってエサ取りし、夏に再び沖合に移動。秋に再び岸寄りして成魚は産卵、若魚はエサ取りを行い、冬にまた沖合に移動するという「回遊」を繰り返す。
日本海エリアでは1年で体長20~24cm、2歳で27~32cm、3歳で29~34cm、4歳で40cmほどに成長する。成魚になるのは2~3歳。50cmに成長するのは8歳前後と推測される。(漁業生物図鑑「新・北のさかなたち」より抜粋。一部加筆)
アブラコ釣りの状況
アブラコ釣りは、主にルアーと投げ釣りが主流。どちらにせよピンポイントでアブラコが居着く根周りを狙う。狙うポイントは主に岩礁地帯と防波堤の消波ブロック周りや海底に沈むケーソンの切れ目。いずれも海底に海藻が繁茂した藻場が沈む。
朝夕のまづめ時を中心に丹念にピンポイントを探ると釣れるが、40cm超えの良型を狙う場合は入釣者が多いポイントを避け、釣り人があまりサオを出していないポイントを探る必要がある。そのような場所には、数は少ないが50cm超えの大物も交じる。
釣りクラブに所属している釣り歴20年以上のベテランになると、大半が50cm超えのアブラコを何匹も釣っている。中には毎年2、3匹をゲットしている猛者もおり、大会で上位を狙うなら、50cm超えは欠かせない状況である。マイカー組でも、室蘭港や苫小牧港など大きな港の防波堤で、毎年、50cm超えの大物が何匹も上がっている。
ホッケ釣りの状況
ホッケ釣りはウキ釣りが主流だが、ルアーや投げ釣りでもよく釣れる。群れで岸寄りしてエサ取りをするため、コマセ打ちにより大きな群れを寄せることができれば、数釣りが可能となる。
特にウキ釣りはルアーや投げ釣りと異なり、リールを巻く必要がなく、足元に群れを寄せて釣ることができるため、手返しのスピードが速い分、短時間で数がそろえやすい。年に10回以上釣行する釣り師であれば、おそらく年間1000匹以上の釣果を得ているのではないか。
大きさは春で25~35cmがレギュラーサイズ。秋はこれより一回り大きいものが釣れ、一般的に30~40cmが中心となっている。ルアーは、釣果はウキ釣りより劣るものの、大きさはウキ釣りよりも一回り大きいものが釣れる。投げ釣りになると、釣果はウキ釣りに遠く及ばないが型は良く、40cm超えの良型がよく釣れる。50cm弱の大物が交じることも珍しくない。
釣りクラブに所属しているベテラン釣り師たちはどうか。投げ釣りで狙うため、50cm超えをこれまで何匹も釣っていると思いがちだが、実際は正反対。1匹でも釣った実績がある人は半数程度。中には40年も釣りクラブに所属して4000匹以上のホッケを釣っているにもかかわらず、50cm超えを1匹もゲットすることなくリタイアした人もいるほどだ。アブラコの50cm超えは多いのに、なぜホッケの50cm超えは少ないのか。
「根ボッケ」という言葉が意味するもの
よく40cm以上の丸々と太ったホッケを手にすると「根ボッケが釣れた」、「根ボッケを釣った」と口にする人がいる。何年もホッケ釣りを楽しんでいる人なら一度や二度、この言葉を耳にしたか、あるいは自ら口にしているに違いない。そのくらい「根ボッケ」という言葉は釣り人の間で広く浸透している。その意味をネットで検索すると、次のように記載されている。2つほど紹介すると、
『回遊せずに岩礁に住みつくホッケのこと』
『回遊せずに特定の岩礁に生息する、いわゆる根着きホッケのこと』
どちらも言っている意味は同じで、この言葉を使っている釣り人もこのように理解しているはずである。つまり「根ボッケ」の「根」は「根魚」を意味しており、「回遊魚」ではないということだ(※参考までに「回遊魚」の反対語は「根魚」)。いつ、だれが言い出したのか、その起源をネットで知ることはできない。試験研究者や魚類学者が根ボッケについて掘り下げた文献はなく、おそらく釣り人の造語と思われるが、世代を超えて多くの釣り人に浸透していることを考えると、この言葉がもつインパクトは絶大である。なぜなら普通のホッケを釣るのではなく、目標を大型ボッケの代名詞である「根ボッケ」に置くことができるからだ。ここには回遊性のホッケには大型がおらず、根に着くホッケに特大が交じるという経験知に基づく推論が働いている。
ホッケの岸寄り時に根ボッケを狙う
では「根ボッケ」をどう狙うか。回遊せずに「根」に住み着いているわけだから、根魚であるアブラコと同じ方法で狙えばいいはずだ。実際、根周りを丹念に探ると、ホッケが掛かってくる。しかし大きさはバラバラで、30cm級の小型から40cm級の良型まで千差万別だ。中には45cm超えの大型も交じるが、50cm超えが上がるのは極めてまれである。それどころかコマセネットを用いて根に打ち込むと、入れ食いになることもしばしば。「根魚」と断定するには不自然なほど、魚影が濃いのである。付け加えるなら、ウキ釣りでも、群れの中からしばしば45cm超えの大型ボッケがよく上がる。果たしてこれらは本当に根に着くホッケなのか。
ホッケが岸から去った時季に根ボッケを狙う
そもそもホッケが住み着く「根」とは、どういう「根」なのか。ヒントとなるのは産卵場所である。アブラコとホッケは藻場に産卵するが、なわばりがあり、同じ所には産卵しない。両者は水深ですみ分けされており、アブラコは水深5~15m付近、ホッケはこれより深く水深15~25m付近に卵を産む。
ホッケは産卵後、孵化するまで雄が卵を守り、その場を離れないから、水深15~25m付近の根であれば、アブラコとの住み分けが可能となり、「根ボッケ」をゲットできる可能性がある。実際、日本海の海岸は磯にしても港にしても、水深15mを超えるような所は少なく、大半がアブラコのなわばりでサオを出していることになる。「根ボッケ」の実態を探るのであれば、水深15m以深の深場でトライして、初めてその答えが出るのではないか。
幸い本紙にはホッケが岸からいなくなる6月中旬以降に、水深15m以深の深場で、根魚を狙った事例が複数ある。遊漁船に乗り、水深15m以上ある沖の離れ岩に渡り、朝夕のまづめ時を挟んだ夜にサオを出すというものだ。結論から言うと、アブラコやソイの良型や大物は数多く釣れたが、ホッケは皆無に近かった。釣れても大物には程遠く、30~40cmの中型止まり。50cm超えは1匹もゲットできなかった。
海中で根ボッケを探す
「根ボッケ」の実態を把握するため、スキューバダイビングで海中を散策している人から話を聞いている。それによると水深35mまで潜っても、7月以降はアブラコやソイは見掛けても、ホッケの姿を見ることはないという。アブラコやソイは厳寒期の冬を含めて1年中見ることができるが、ホッケを見ることができるのは、春と秋の岸寄りシーズンだけだとのこと。
根ボッケが住むところ
この事実は何を意味するか。言えるのは、沿岸部の磯や港で、1年中回遊せずに根に住み着いている「根ボッケ」はいないということである。では、「根ボッケ」はどこにいるのか。
おそらく前述の「ホッケの生態」の中で触れた「沖合にある水深100m以深の根」なのだろうと推測される。そこから出ることなくとどまって成長するホッケこそ、「根ボッケ」ではないか。日本海の沖合にはこのような条件に適合する「根」が数多くある。
礼文島の南西側にある武蔵堆(むさしたい)を一例として取り上げると、大堆と小堆に分かれ、頂部は平坦な台地状で、最も浅い部分は水面下10mくらいの深さ(※)となっている。ここを訪れたことがある人の話では、60cmを超えるような大物のソイやアブラコ、ホッケなどが悠然と泳いでおり、それはまるで水族館の水槽のようだったとのこと。
(※)最浅点は文献によって異なり、前述した10mの他、31mとする文献もある。この差は日本海を流れる対馬暖流の影響によるものと推測される。暖流の流路では、周囲の海面に比べ海面が最大100mほど盛り上がる。春先は対馬暖流の勢力が弱く盛り上がりは小さいが、勢力が強い秋は盛り上がりが大きくなる。最浅点の水深の差は、観測日によって生じた「差」ではないかと思われる。
ホッケの50cm超えが少ない理由
なぜ「武蔵堆」に住むホッケが大きいのか。答えは簡単だ。「根魚」だからである。回遊しているホッケ、言い換えると春と秋に岸寄りするホッケは漁業生産の対象である。回遊時季になると沖合では「底びき網」、沿岸では「定置網」、「刺し網」などで、大量のホッケが捕獲される。その際、50cmを超える大物ボッケも多数捕獲されている。遊漁(船釣りを除く)で釣れるホッケに50cm超えが少ないのは、「根魚」ではなく「回遊魚」だからというのが真実の姿なのだろうと思う。
おわりに
最初に「根ボッケ」という言葉を使った人は、遊漁船に乗って水深100mの所にある根にサオを下ろし、そこで釣り上げた「ホッケ」のことをそう呼んだのかもしれない。そのホッケは大きく、丸々と太って、脂ののりが抜群だった。それが釣り人から釣り人へと伝わるうちに、いつしか磯や港で釣れる大型で丸々と太ったホッケのことを「根ボッケ」と呼ぶようになったのではないか。とすれば、「根ボッケ」という言葉は、本道の長い釣りの歴史において、釣り人の願いや思いが生み出したロマンなのかもしれない。