近年、南の海に生息する暖海性魚類が道内沿岸に数多く来遊するようになり、釣りの対象魚として頭角を現している。そんな魚たちの中にごく一部、低水温に適応して生き延び、分布域を広げる「死なない死滅回遊魚」のなぞに迫ってみたい。
(本紙編集部)

 

意外に多い道内の暖海性魚類

まず道内に来遊する南の海の魚たちを大きさで分類してみた。

【大型魚】
マグロ、ブリ、シイラ、マンボウなど
【小型魚、中型魚】
マハゼ、マフグ、クサフグ、トラフグ、ウマヅラハギ、カワハギ、シロギス、ネンブツダイ、スズメダイ、クロダイ、マダイ、イシダイ、メジナ、オジサンなど

大型魚は皆有名で、名前を知らない人はいないと思うが、小型魚や中型魚の中には初めて耳にする魚名もあるはず。特にオジサンという名前にびっっくりしたが、これでもれっきとした正式名称で、赤い魚体と2本の長い口ひげが特徴だ。沖縄でよく釣れ、刺し身が美味。地元のスーパーでは普通に売られている。実はこのオジサン、積丹でも確認されている。なぜ南の海の魚が道内の海にいるのか。

 

道内に来遊する暖海性魚類のタイプ

道内沿岸に来遊する魚は主に3つある。

1番目は、イカやイワシの群れを追って南の海から北上してくるタイプ。マグロやブリ、シイラなど大型魚が多い。遠泳力に秀で、日本列島をぐるっと1周できるほど泳ぎが達者である。主に夏から秋にかけて道内へ来遊し、冬になると南の海へ戻っていく。

2番目は、地球温暖化などによる海水温上昇に伴い、道内沿岸に定着するタイプ。ウマヅラハギやマハゼなどが該当する。

3番目は、卵が暖流によって道内沿岸に運ばれ、そこでふ化して成長するタイプ。クサフグやネンブツダイ、スズメダイ、イシダイなどが該当する。

ここで問題となるのが3番目の「卵が運ばれてくるタイプ」である。なぜ問題なのか、順を追って説明する。

「死滅回遊魚」と呼ばれる魚たち

3番目のタイプは「死滅回遊魚」と呼ばれる魚たちである。「死滅」とはなんとなく物騒なネーミングであるが、定義としては「普段は暖かい海に生息するが、黒潮などの暖流に乗って流され、流された先で定着できない魚」と解される。

つまり、流された海域の環境に適応できず、そこで死んでしまう魚という訳である。ただ、すぐに死ぬわけではない。夏場は海水温が高いため、数カ月はエサを取りながら成長するが、冬になると水温低下に耐えきれず、本来の生息域に戻ることもできずに死滅してしまうのである。

なぜ卵が暖流に乗るのか。日本には太平洋を北上する黒潮と日本海を北上する対馬暖流の2つが流れている。この流路に親魚が産卵することはないが、台風や高波などの発生で、産卵場の海水がかき乱されて卵が四方八方へ拡散。その一部が暖流の流路に乗ってしまうことが主な原因とされている。

勢力を拡大する死滅回遊魚

死滅回遊魚が一般の人々に認知されるようになったのは関東地方が最初である。

黒潮が岸に近い場所を流れる房総半島や三浦半島などは死滅回遊魚が定着しやすいエリアで、九州や沖縄のサンゴ礁にすみ着いているスズメダイやチョウチョウウオ、カクレクマノミなどの色彩豊かな熱帯魚が数多く流れ着いている。しかし、その多くは越冬できずに死滅している。

ところが近年、越冬可能な個体が増えている。ぎりぎり死なない低水温で生き延びているのか、環境の変化に順応し低水温に耐えられる体になったのか、真相は定かではないが、生活域を北へ北へと広げているらしい。

クロガシラの祖先は死滅回遊魚か

道内沿岸にも暖海性魚類が寒海性魚類に変身した事例がある。代表例がマコガレイとクロガシラだ。マコガレイは本州以南の暖かい海に暮らすカレイだがある時、エサが豊富な道内の海に適応するため、突然変異で寒冷地仕様に変身した。これがクロガシラである。

見た目はほとんど変わらないが、0℃前後の低水温でも生存できる新たな体を作ったことで越冬が可能になった。この変身は大成功で、北海道のみならず、樺太や千島までその勢力を拡大している。

ただそのきっかけとなると不明な点が多い。これは筆者の個人的な見解だが、「クロガシラの祖先にあたるマコガレイが死滅回遊魚だった」という可能性は十分にあると思う。

というのも、マコガレイは海藻類が繁茂している根原に付着沈性卵(卵ひと粒ひと粒がくっついて塊となり、かつ比重が海水より重いため海の底に沈む)を卵を産むので、卵が海中に拡散しない。ふ化後も根原で生活し、そのまま成魚に成長してそこで卵を産む魚なので、台風などで海水がかき乱されて暖流の流路に乗らない限り、道内沿岸に卵がたどり着くことは不可能と考えられるからだ。

交雑種の見過ごせない問題とは

マコガレイとクロガシラの関係は分布域拡大の成功例といえる事例の1つだが、死滅回遊魚による勢力拡大には「交雑種問題」という厄介な問題が存在する。

交雑種というのは、普段は水温の関係で生活域が異なる種が、死滅回遊魚の勢力拡大により、これまで交わることのなかった種同士で交配し新たな雑種が生まれることをいう。

これの何が問題かなのか。例えば皮に毒を持つクサフグと、皮に毒を持たないトラフグが出合って交雑し、仮に皮に毒のある雑種が誕生した場合、どういう事態が想定されるか、という問題である。

トラフグは皮が美味なので、トラフグと思ってその雑種の皮を食べてしまうと食中毒を起こす危険性がある。実際、本州ではこの交雑種を食べて食中毒になった事件が起きている。

肝臓(キモ)が絶品のカワハギの仲間には、肝臓に猛毒があるソウシキハギという種もいて、この2つが交雑して肝臓に猛毒がある雑種が生まれたとしたら、トラフグとクサフグの交雑種以上に深刻な事態を招く恐れがある。

交雑種は、人間にとって思わぬ事態を引き起こす危険性があることを認識しておく必要があるのだ。

交雑種の外観上の違い

交雑種にはもう1つ厄介な問題がある。見た目の変化だ。一般に形態の違う種同士が交雑すると、その子は両方の親の特徴を受け継ぐが、両方の性質を単純に合わせ持つ子というのは、一般的に良い面と悪い面が混在し、機能的に不完全で不安定な状態となる。

そのため多くは新たな環境で生き延びることができずに死滅する。しかし、中にはその環境に適応できる子が生まれる可能性もある。見た目は、その環境で生活している種に近い形態になっているのが一般的と考えられる。

例えば、暖海性魚類の卵が北方の冷たい海域へ流れ着き、そこで越冬種として成長。そこにすむ寒冷魚と交配したとしよう。檀家伊勢魚類は、赤や青、黄色などの鮮やかな色彩の見た目をしていたとする。この極彩色の皮膚は、強烈な紫外線から身を守るためのメラニン色素のよろいである。一方、寒海性魚類の見た目は、強烈な紫外線から身を守る必要がないため、黒や茶、グレーなど暗い色が多い。

この2つを掛け合わせて生まれてくる子の皮膚の色はどうなるのかというと、寒海性魚類に近づくはずである。なぜなら、極彩色の皮膚は北の海では必要とされないからだ。その証拠に寒海性魚類であるカレイ類やホッケ、アブラコ、ソイ類などの皮膚に極彩色は1つもない。

つまり見た目は、より北方の魚に近づくということになる。以上のような点から、「何となく○○に近いがちょっと違う」と思うような魚が釣れたら、それは交雑種である可能性があるので決して料理などせず、写真や動画を撮影してリリースするか、水産試験場などの専門機関に持ち込むのが正しい対処方法と思われる。

死滅回遊魚は外来種なのか?

交雑種のすべてが危険という訳ではない。あくまでその可能性があるという話である。しかし人によっては、死滅回遊魚を外来種とみなし、全てを駆除すべきと主張する人もいる。特に関東では、そういう人たちが結構いるらしい。

そこには「自然保護の観点から環境を変えてはならない。従って生き延びている死滅回遊魚を根こそぎ捕獲するのが正しい」という考えがあるのだが、これは誤った考え方かもしれない。

そもそも死滅回遊魚は外来種ではない。外来種は、「元々そこにいなかったものが人間の活動によって持ち込まれた生物」のことをいう。

一方、死滅回遊魚は人間の活動によって生活エリアを広げたのではなく、自然の力によって、本来の生息エリアとは別の場所に運ばれた魚だ。多くは運ばれた先の環境に耐えきれず死ぬが、中には順応したり、姿や機能を変化させて新たな種として活動し始めるものもいる。これら一連の動きは、魚の生存戦略に他ならないのである。

終わりに

私たちは死滅回遊魚を通して、生物の進化に触れているのかもしれない。たとえ地球温暖化が人為的に作り出されたものであったとしても、その環境の変化に、魚たちは死滅と生存を繰り返しながら、1歩1歩前に進んでいるように感じられる。道内で暖海性魚類を目撃したら、そういう思いに身を寄せることも大事なことではないだろうか。