あっという間に年の瀬が迫った。もう師走である。師でさえも走り回るほど急がしいのが師走なのであって、やっぱり誰も彼もそわそわと落ち着きのない様子で忙しい。周りの状況が忙しいので忙しくないのに忙しそうな人もいるが、それもまた忙しい師走ならでは。師走は忙しいのだ。

元気に過ごすにあたっては、年末ジャンボで大当たりの幸運などというものを引き当てれば大いに元気でいれそうだが、本紙つりしん第438号の連載コラム「魚眼レンズ」で、幸福を呼ぶ黄金のアブラコの話があった。今回は本当に幸運が訪れた釣り師の話をしてみたい。これは私が人伝えで聞いた実話だ。

男は川釣り師。その日も山奥へマスを釣りに出掛けた。そこは河口から何十kmもさかのぼった奥深い山の中にあり、見上げるほど高い山に囲まれ、すり鉢状の山あいの底を川が流れている。川のせせらぎと野鳥の声以外に音はなく、荘厳な雰囲気さえある。

いつものようにサオを継いだ男は、ヤナギムシを付けた仕掛けを暗い流れに投げ込む。人一倍の集中力で、コンスタントにマスを掛けていく男。5匹ばかりの魚を釣った後、それは唐突に来た。「トントン」と軽い当たりを感じて鋭く、軽い合わせを入れる。糸を通して伝わる手応えは今日一番だ。

「こいつはデカイか」。そうつぶやく男は、本流の強い流れに逃げ込もうとするマスをいなしながら体力が弱るのを待った。ゆうに50cmは越えているようだったが、流れに歪んで見えるその姿が、釣り慣れたマスと違うようだと気づいたのはすぐだった。全身が白っぽく、流れの中でも輪郭がはっきり見えるのだ。今まで釣ったマスはこうは見えなかったはずだが…。

弱ったところを見計らい、一気に砂利の川原にずり上げて男は目を見開いた。全身がまばゆい金色なのだ。アルビノなどではない。頭の先から尾ビレの付け根まですべてが金色。半透明のヒレには黄金の斑点が散りばめられ、驚愕の色を浮かべる黒い目玉だけが、まるでオモチャのガラス玉を埋め込んだように浮いてしまっている。「まさか…」。絶句する男はなんだかその魚を殺すのがばちあたりのような気がして、そっと流れに帰してやった―。

事件はその数日後にやって来た。宝くじが当たったのだ、それも1等。数千万円なんてケチな金額じゃない、億である。男は豪邸を建てたそうだが、近所ではまことしやかに「黄金のニジマス御殿」とささやかれているとかいないとか…。
(平田 克仁)