初心者はリーズナブルな物でいい。いや、初めこそいい製品を買うべきだ—。

初心者が初めて釣りザオを買う時、ベテランのアドバイスは上記の2通りに分かれる。さて、初めての1本は少々値が張ってもいい物を選ぶべきか、それとも性能はそこそこでもリーズナブルな物がいいのか、これはなかなか難問だ。

大胆に言ってしまえば、世の中には「本物」と「本物以外」がある。分かりやすいのは絵画の世界。ピカソやダ・ヴィンチが描いた「ゲルニカ」や「最後の晩餐(ばんさん)」などのリアル(本物)に対し、髪の毛1本、人物の目尻のしわ1つまでそっくりに描かれたフェイク(贋作)が好例だ。リーズナブルなサオはフェイクではないけれど、絵画の世界に倣えば、「性能の優れたサオ=本物」と言えそうである。では「本物の釣りザオ」とは一体なんだろうか。

釣りザオは世界各国のロッドメーカーや釣り具の総合メーカーから発売されている。釣りのジャンルごとに種類があるのはもちろん、場合によっては釣り人のニーズに応えた、味付けや性格の異なるラインナップが細かく用意されている。グリップやガイドの素材・形状など些細(ささい)な違いでグレードが違ったりもするから、もうどれが「本物」かなんて初心者にはさっぱり分からない。いや、「本物」って果たしてそんなことなのか。「本物」とは、酸いも甘いも舐め尽くし、フィッシングキャップをかぶりすぎて少し頭頂部の薄い白髪混じりの釣り師が眉間にしわを寄せ、サオを持った右手をグイと前に突き出しつつカッ!と目を見開いて「ウム、これだっ!」と叫ぶくらいの物なのではないだろうか。「本物」だけが持つ、決定的に違うなにか…。街で人とすれ違った時に一瞬だけ嗅ぎ取れるかすかな芳香にも似た、そんな些細な違いを感じ取れるだけの経験を積んだ釣り師が、この世に数多あふれるサオという名の大海から、砂の一粒に等しい「本物」を見つけ出す資格を持っているのではないだろうか。

そんな理由で、初心者が「本物」を選ぶのはほぼ不可能と言えそうだ。ただしベテランに選んでもらったとしても、それはベテランにとっての「本物」でしかない。人にはそれぞれ体力や筋力、骨格など肉体的な違いに加え、感性や好みの違いもあるからだ。「本物」は自分で選んでこそ「本物」になる。だから、初めて選ぶサオはぶっちゃけ何だっていい。最初のサオを実際に使ってみて、いいところ、悪いところをロッドのスペックと感性で理解してから、自分にとっての2番目の「本物」を選ぶ。これがサオ選びの理想形なのではないか——。と言いたいところだが、いざサオがずらりと並ぶ釣具店の陳列棚を前にすると、水が低い方へ、低い方へと流れるように、私の視線もつい値段の低い方へ、低い方…。
(平田 克仁)