釣り場で隣の人に軽くあいさつしたあと、何気ない会話を交わすうちに話が弾む、というのは誰しもきっと一度は経験しているはず。ただ、話の弾んだ相手次第では少々やっかいな事態になることもある。

 「よく釣れましたねえ」「ああホントによく釣れた。ここのチカは一夜干しにすればとおぉぉぉーってもウマイんだ」と地元のチカに郷土愛を示すのは隣で釣っていた80歳前後のおじいさん。「おおそうだ、ちょどどあるから食べてみなさい」といってジッパー付きのビニール袋から取り出したのは独自の味付けを施したチカだった。しかし問題はチカではなく、チカを差し出すおじいさんの手にあった。アカにまみれ薄汚れたゴツイ手は見るからに不潔で、小用を足したくらいではおそらく手も洗っていないだろう…ん?そういえばついさっき物陰で立ち○○便していたではないか!しかしここで受け取りを拒否しては2人の関係にヒビが入るのは明白だ。「アハハハハ、おいしそうですね」といいながらおじいさんがつまんだチカを震える手で受け取る私。「ホレ食べてみれ、おいしいから」といわれてもなかなか口が開かない。そりゃそうだ、だってチカをつまんだおじいさんのその指は、つい5分前には違うモノをつまんでいたんだから。しかしおじいさんの執拗な薦めに観念した私はついにガブリとチカにかぶりつく。「お、おいしいですね。これどうやって作るんですか」などと気丈に振る舞ってはみたものの、おじいさんの話すレシピは右から左へと抜けていく。おじいさんはさらにこうも続けた。「そうだろ、うまいだろ。近所にも配ってるんだが評判なんだ」。なんと彼はご近所さんにも配っているというのだ! きっと彼は家でも用を足したあと、手なんか洗っていないんだろうな。知らぬが仏とはこのことか…と心の中でつぶやいたのはいうまでもない。
(平田 克仁)