新潟と群馬の県境に谷川岳という山がある。実はこの山、世界一遭難者が多い。世界に14座ある8000m峰での死者数を合計しても、この山のそれに及ばない。それでも毎年、頂を目指すクライマーは後を絶たない。

谷川岳だけに限らず、山で不幸な事故が起こったとき、その山が入山禁止になることはない。しかし釣りの場合、事故が起きた場所が立ち入り禁止となるケースは枚挙に暇がない。

登山と釣り、両者の間で立ち入りを制限する線引きがなぜこれほど異なるのか。経済活動を目的とする港への立ち入りがある程度制限されるのは仕方がない。しかし、自然のままの海岸への立ち入りが禁止されるのはなぜか。自然保護が目的でもなく、「天災や釣り人自身の不注意で事故が起こるかもしれないから」という理由で立ち入りを禁止するなら、すでに事故が起きている山への入山も禁止すべきではないだろうか。

かつて天才クライマーと呼ばれたオーストリア人のヘルマン・ブール(1924-1957)は、魔の山と恐れられたパキスタンの高峰、ナンガ・パルバットを史上初めて征服した。しかし、パートナーを失い単独でアタックしたことに対し、下山後に非難の声が挙がる。

そのとき彼はこう答えたという。「8000m峰のような巨峰は、最後の個人的な危険をおかすことなしに登頂できるものではない。(中略)こういうことができることは、ぼくに許された権利だと思う」。この逸話を紹介した作家、山際淳司氏はその著書の中でこんな言葉を残している。「生か、死か?それがわからない。それでも前へ進む。冒険とは、遊びの極致といえるだろう。自分の生命まで遊びの材料にしてしまうのだから、これ以上の道楽はない」(「みんな山が大好きだった」中公文庫)。

釣りが生死を賭けた冒険だとはいわない。ただ、不意にアングラーやクライマーの命を奪う釣りと登山は、意識するしないに関わらず、「初めから死の危険を内包する道楽」という点で違いはない。危ないからという理由でその行為を否定するなら、そもそも釣りも登山も成立しない。そこに足を踏み入れるのか、踏み入れないのか。少なくともその判断は、釣り人の側に委ねられるべきだと思うのだが。
(平田 克仁)