「釣り点描」一覧
つりしんコラム
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ラッキーフィッシュ
あっという間に年の瀬が迫った。もう師走である。師でさえも走り回るほど急がしいのが師走なのであって、やっぱり誰も彼もそわそわと落ち着きのない様子で忙しい。周りの状況が忙しいので忙しくないのに忙しそうな人もいるが、それもまた忙しい師走ならでは。師走は忙しいのだ。 元気に過ごすにあたっては、年末ジャンボで大当たりの幸運などというものを引き当てれば大いに元気でいれそうだが、本紙つりしん第438号の連載コラ…
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北の宿から
釣り人を取材する、という仕事に就いてもう何年にもなるが、道内の港の9割は制覇していると思う。そんな日常なので、地方での取材は宿を利用することがしばしば。そこで今回は、そんな宿で遭遇した「食」に関する困った体験談を二つほど紹介しようと思う。 とある宿でのこと。ここでは地元で獲れる特産のエビが夕食の膳に並んだのだが、そのエビが一瞬動いたような気がして小鉢を注視する私。すると、膳を運んできた仲居さんが…
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束の間
深夜0時を過ぎた知床の漁港には人影もなく、静寂に支配された闇の中で、街灯の明かりだけが寂しげに海を照らしていた。肌を刺す冷たい空気は体の周りだけが一瞬暖まり、僕の存在を明らかにする。釣り人は魚の釣れなくなった港に用などない。にぎわいは束の間の出来事。 漁のおこぼれにあり付くためにすみついた野良猫が、エンジンの暖かさを求めて車の下に潜り込もうとする。10月中旬というのに夜はもうとても寒い。オマエは冬…
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ず太い奴ら列伝
出版業界に身を置くようになってそれなりの年月が経過した私だが、その取材遍歴の中でもひときわ強烈な記憶として大脳のひだの奥深くに刻み込まれた「ズ太い奴ら」がいる。 冬、取材が不調に終わった私は、急きょ近くの宿に泊まり明日のチャンスをうかがうことにした。ところが、どこにでもありそうな地方の小都市にも関わらず、目ぼしい宿はいつもの工事関係者で満員だ。単なる浅はかなイメージだけで、「まったく税金を無駄使い…
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逆さまルアー
「隣に入ってもいいが」と声を掛けてきたのは、ガッチリした体つきで180cmを超えていそうな長身の男。少しかすれ気味の野太い声は、夜明け前の暗さの中ではかなり威圧感があり、断わることなど許されない雰囲気だった。間もなく夜が明け、サケたちとのバトルが始まる。 「どうぞ、どうぞ」少しばかり窮屈だが、むげに断わるわけにもいかない。いや、それ以上に彼のガタイのよさに腰が引けた僕には、口が裂けてもいやとは言え…
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娘からのメール
「明かりを消してテレビだけになった薄暗い部屋で『オレは家族全員が死ぬのを見届けてから死にたい』と、突然おやじが言ったからビックリした。ビールを飲んで赤くなっているはずのおやじの顔は、テレビの光で青白くて寂しそうだった」 釣りなんて当たりが止まっちまえばまったく暇だな。磯の周りをうろうろ歩き回ったって、なんか珍しい物が流れ着いているわけじゃないし、すぐに飽きてしまう。潮だまりにイソガニを見つけたとき…
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一人になりたい
つりしんに掲載される釣行写真は、記録的な要素が強い。芸術性がプラスされれば文句なしだが、センスのかけらもない僕にそれは無理というもの。偉そうにぶら下げた一眼レフデジタルカメラは、常に使い捨てカメラのようにシャッターを押すだけのオートにセットしてある。取材は単独がほとんどなので、釣り人が自分のときはオートシャッターを使う。いいオヤジが、誰もいない海で三脚のカメラにニッコリ笑うのはかなり気色悪いが、ほ…
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芋けんぴ
まあとにかく今年の夏は、記録にも記憶にも残る暑い夏だった。影響は緯度の高い国ほど大きかったらしく、隣国ロシアは130年ぶりといわれる猛暑になったそう。あまりの暑さに市民は水辺に涼を求めたが、「シベリアでは、400kmは距離じゃない。プラス40度は暑さじゃない。マイナス40度は寒さじゃない。ウォッカ4本は酒じゃない」という国民性だから、ビールやウォッカをしこたま飲んだ勢いで水に飛び込む人が続出。結果…
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魚心(うおごころ)
魚には「本能」は備わっているが、「心」というものはないらしい。ある学者の研究によれば、大脳構造を持たない生物には、ヒトの「心」に相当するものはないという。だから「哺乳類に心はあっても魚類にはない」という結論にたどりつく。でも釣り人を翻弄するあの狡猾さや用心深さは「本能」だけで説明できるのか。釣るたびに悶え苦しむ表情をされても困るが、どうも私には魚に心があるような気がしてならない。 ところで以前、と…
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罪な魚
3カ月ほど前、サケで有名な十勝地方の港で、こんな経験をした。 肌寒い風が吹きぬけたとある午後、岸壁で釣り人がぽつんと一人、サオを出していた。年は30そこそこ。Tシャツの上に薄手のジャンパーをはおっただけの姿は、6月の十勝にしては明らかに薄着だった。釣れてますか?と彼に声をかける。すると「何が釣れるんですかね?」と逆に聞き返されてしまった。 彼は地元の人間ではなかった。ついこの間まで岩手に住んで…
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緊急事態の宿
道内各地で取材していると、出張先の宿でときたま驚くべき事態に遭遇することがある。以前、ある民宿の玄関に足を踏み入れたとき、いきなり面食らった。吹き抜けの玄関の壁や天井がモゾモゾとうごめくカメムシで埋まっていたからだ。カメムシは部屋の中にもいて、おちおち横にもなれない。確かにリーズナブルだが、いくら安くてもこれじゃ…という感じだ。 虫絡みでもう1つ。とある旅館に泊まったときのこと。そこは大きな露天風…
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30年ぶりのアナログサウンド
仕事柄、車に乗っている時間が非常に長い。そんな長時間のドライブに欠かせないのが私の場合、音楽だ。音楽は、ナビのハードディスクにデジタルのファイルとして記録されている。世の中にあふれる音楽は、今やほぼすべてがデジタルなのだ。 しかしつい最近、約30年振りに「アナログの音」に触れる機会があった。母親が、実家で長年ホコリをかぶっていたレコードプレーヤーを処分するというので譲り受けたのだ。コンセントにプラ…
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夏フェス
先日、初めて「夏フェス」というものに行ってきた。夏フェスとは、アーティストが集まり、それぞれ演奏を繰り広げるライブのお祭りである。2日間にわたって繰り広げられたこの夏フェス。約70組のアーティストが4つのステージに分かれ、朝から晩まで熱のこもった演奏を展開した。私は妻と2人で2日目を観に行ったのだが、私の寝坊で会場入りしたのは夕方。せっかくたくさんのライブを体験できたのに、もったいないことをしたと…
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ヒール・フィッシャーマン
生傷男、銀髪鬼、人間山脈、アラビアの怪人、黒い呪術師…これらの形容詞を並べただけでピンと来るあなたは、おそらく古いプロレスファンだろう。そう、これらはプロレスラーに付けられたニックネームである。生傷男ディック・ザ・ブルーザー、銀髪鬼フレッド・ブラッシー、人間山脈アンドレ・ザ・ジャイアント、アラビアの怪人ザ・シーク、黒い呪術師アブドーラ・ザ・ブッチャー。さらに、これらのレスラーたちには共通点がある。…
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おしゃべりな自販機
毎週、人気のない海沿いを走り、目を皿のようにして釣り人を探す日々を送る私。そんな私のホッとするひとときが、缶コーヒーで一息つくブレークタイムだ。 田舎の国道沿いに広がるモノトーンの雪景色の中、今にも雪に埋まりそうな古びた商店を見つけ即停車。軒先に並んだサビの浮く自販機のディスプレイを見ながらHOTの二文字を探す。が、COLDしかないこともある。こんなに寒いのにHOTがないなんてどういうこっちゃ!ち…
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魚っ!
「あ~あ驚いた」というセリフで牧伸二のウクレレ漫談を思い出す人は、紛れもなく昭和世代である。そんな昭和世代が、ちょっとひょうきんな感じを出しつつ、驚いたことを表現する際に使う言葉として「ぎょっ!」という感嘆詞がある。平成の今ではすっかり死語となり、現在ではタレントで某大学の准教授というさかなクンくらいしか使う人を見かけないが、彼の場合は「ぎょぎょっ!」もしくは「ぎょぎょぎょーっ!」なので厳密にいう…
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お得なごみ拾い
「記事に書くのはいいがゴミのことも書いてくれよ」「記事で紹介されたおかげでゴミが増えた」。中には「記事のせいでよそ者がいっぱい来たから俺らの釣り場がなくなった。お詫びに釣り場のゴミ拾ってけや」。取材では釣り人たちのこういったお願い、おしかり、はたまたお門違いな暴言とも取れるリアクションを受けることがある。「おっしゃる通り、ポンッ!」とひざを叩きたくなる半面、「それは少し違うのでは…」ということもあ…
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760円
神様は本当にいるんだろうか。太田神社の定灯籠(じょうとうろう)が闇を照らすこの光景は何百年も前から変わらず続き、それを見つめる人は、年老いていつか死と向かい合う。己が生きた証しなど初めから存在しないもののように思え“もし神様がいるのなら”と暗くなり始めた海と向き合った僕には、道道(=北海道道)に続くオレンジ色の街灯が悲しみのかたまりに見えた。 「むきエビってこれだか」スーパーの鮮魚売り場にいた…
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ノブレス・オブリージュ
伝統は重い。重いのは、それが積み重ねてきた歴史があるからだ。伝統を重んじる国といえば英国である。「築120年です」などと平気で言ってのける石造りの住宅や歴史的建造物の並ぶ光景は、ブラウン管を通しても「重い」。伝統を守るのがこの国の伝統と言ってもいい。 対して日本はどうかといえば、スマホを買い換えるくらいの気軽さで古いものを捨て、すぐに新しいものに飛びつきがちだ。ロンドンに留学したことのある夏目漱石…
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イニシャルの暗示
私を含めかつて毎週釣り場を取材で回っていた本紙スタッフの3人は、「実釣班」と呼ばれている。名前からすれば「実際に釣る班」なのだが、実は自分でサオを出す機会は意外に少ない。実際に自分で釣っても記事にできるのは1本だが、その時間に釣り場を回れば2、3本記事が取れる可能性があり、自分でサオを出すのは効率が悪いからだ。 サオを出しても釣れるとは限らないし、仕事として考えれば自分でサオは出さずに釣り場を回る…